AI 時代の新教養(2)人工知能の育て方「バックプロパゲーション」という発明

佐々木俊尚の未来地図レポートのアーカイブ Vol.522をお送りします
佐々木俊尚 2023.04.13
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佐々木俊尚現在の視点

 LLM(大規模言語モデル)と呼ばれるAIの進化版の登場で、ますますAIと脳の神経系との比較が議論になってきていますが、この議論はディープラーニング登場のころから言われていたものです。ここでは神経細胞とAIの類似点などについてわかりやすく解説しています。

神経細胞のメカニズムを真似たAIのパーセプトロンを学ぶ~~AIは生物の神経細胞をどう模しているのか(中編)

前回は、人間の神経細胞がどのようなメカニズムで情報を伝達しているのかということを、解説いたしました。このメカニズムはシンプルだけど巧妙で、知れば知るほど感動しかないのですが、その中でも特に注目したいのが、「大きなシナプス電位が流れると、閾値を超えて神経細胞に活動電位を発生させる」という仕組み。閾値を超えると発火、というこのやり方が、実はAIにも採用されています。

 これをパーセプトロンという、AIの機械学習(マシーンラーニング)の原型になったモデルで説明してみましょう。パーセプトロンは、1958年にコンピュータ科学者のフランク・ローゼンブラットが発表したものです。

 たとえば、あなたは来週の週末に奥多摩の登山を予定しているとします。でも雨が降ったり、一緒に行く山仲間が何かの都合で行かなくなってしまったり、あるいは友人から借りる予定の自動車が何かの事情で借りれなくなった場合など、中止になってしまう要因はいくつか考えられます。

 でも「お天気」と「自動車があるかどうか」では、ずいぶんと重みが違う。天気が雨なら登山は中止になることが多いと思いますが、自動車がなくても電車で行けばいいので(奥多摩までは東京からだと青梅線で一直線ですね)、重みは天気のほうがずっと重い。

 そこでそれぞれの「登山に行かない要素」の重みを、数字で表してみることにしましょう。

 天気は重要なので、重みは最大の5とします。山仲間が行かなくても、単独でもハイキングはできますから、重みは3。自動車が借りれなくても、青梅線で行けばいいので、重みは更に軽くて2。

 さて、重みの数字とともにもうひとつ重要なのは、閾値です。それぞれの「登山に行かない要素」が閾値を超えたら、登山を決行。閾値より下回ったら中止、という判断基準が必要だからです。つまり、「登山に行くか行かないかを決める判断基準」となる数値です。この閾値を、今回は3としましょう。

 ここまで決めて、それぞれの要因を組み合わせてみると、登山を決行するか中止するかがくっきり分かれてきます。

 たとえば天気は良いけれど、山仲間は不参加で自動車も借りれなかった場合。重みを全部足すと、5+0+0=5。閾値の3を超えているので、決行です。天気が良ければ、それだけで重みは5になるので、他の要因がOKだろうがNGだろうが、必ず山に行くという結論になるわけです。

 天気は悪いけれど、山仲間も行くし、自動車も大丈夫という場合。重みは、0+3+2=4。これも閾値の3を超えているので、決行ですね。

 天気は悪いし、山仲間も行かない。自動車だけ借りれた。重みは、0+0+2=2。これは閾値以下なので、中止です。

 天気は悪いけれど、山仲間は行くと言っている。ただ自動車は借りれなかった。重みは、0+3+0=3。これも閾値にかろうじて達しているので、決行です。やっぱり仲間がいるというのは大事で、心強いですよね。

 このようにして、「登山に行かない要素」の重みと、「登山に行くか行かないかを決める判断基準」となる閾値というふたつの数値の関係で、登山の判断が数式にできました。

 機械学習ではこの「判断」部分も実際には数式で行っていて、判断する関数を「活性化関数」と言います。奥多摩の登山では、要素の重みの合計が閾値を超えているかどうか、というのは単純に「超えてるから登山に行く」「未満だから登山に行かない」の二択ですよね。これは単純な関数なのですが、それ以外にも、たとえばたくさんの写真の中から「みかん」「りんご」「バナナ」の写真を選ぶという時に、「この写真はみかんの可能性が60%で、りんごが30%、バナナの可能性は10%」という分類の可能性を回答してくれるような関数もあります。この場合の関数は、答えをゼロかイチかではなく、全体の合計が100になるようなパーセンテージで答えてくれる。いろんなパターンがあるわけです。

 さて、ここまで説明すると、パーセプトロンが神経細胞の情報伝達のメカニズムをうまく取り入れているのがわかっていただけるでしょう。重みの数字は、どれだけたくさんのシナプスからシナプス電位が流れてくるかという総量で、活性化関数は、神経細胞がどのぐらいのシナプス電位があると活動電位を発生させるかという判断の基準です。パーセプトロンも神経細胞も、どちらも「量の合計「と「閾値」というふたつの数字でイエスかノーかの判断をしているという意味では、同じものなのです。

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