AI 時代の新教養(1)「閾値を超えると発火」AIと人間に共通する思考の仕組み
佐々木俊尚現在の視点
生成型AIの衝撃で、いよいよ人間の脳にAIが近づく「シンギュラリティ(技術的特異点)」が見えてきたのではないかとささやかれています。果たしてAIは人間の脳に近づけるのか。そのしくみの類似点や違いなどを見ながら解説した記事です。
神経細胞の動きは実にシンプルだけど、美しいほどに巧みだ~~AIは生物の神経細胞をどう模しているのか(前編)
今回は、AI(人工知能)が生物の脳の働きをどのようにシミュレートしているのかということを、解説したいと思います。
人の脳には、1千億個の神経細胞があるとされていて、1つの神経細胞は平均すると、1万個の仲間と神経線維で結びついています。情報はこの神経細胞でどのように伝達されているのかというと、電気信号です。しかし電気信号と言っても、電気回路のような電子の流れではありません。神経細胞では、ナトリウムイオンの流れによって電気信号を伝えているのです。
もう少し正確に言うと、「活動電位」というものが神経細胞の繊維に沿って伝わっていきます。これは「伝導」と呼ばれていますね。
細胞の外側は海水のような塩水で満たされていて、ナトリウムイオンがたくさん存在します。神経線維にはこのナトリウムイオンを選択的に通す「チャネル」という管があります。チャネルが開くと、ナトリウムイオンがどばっと神経線維の中に流れ込みます。
これでどのようにして活動電位が伝えられるのでしょうか。さらに細かく見ていきましょう。チャネルの内側には、四本の棒が管に沿って配置されていて、それらがくるりと回る構造になっています。閉じているときは棒のプラス部分が管側に露出しているので、プラスのナトリウムイオンは弾かれます。でもくるりと回って棒のマイナス部分が露出すると、プラスのナトリウムイオンが引きつけられてするりと入るのです。これが1000分の1秒の単位で開いたり閉じたりしています。
あるチャネルが開いてナトリウムイオンがどばっと流れ込むと、隣のチャネルもそれでスイッチが入って開きます。それでそのチャネルにもナトリウムイオンが流れ込み、次の次のチャネルも開かせます。そうやって次々にドミノ倒しのようにチャネルが開いていき、これによって活動電位がドミノ牌の連続のようにビュンビュンと移動していくということになるのです。
これが活動電位の移動の仕組みですね。これは電気信号を減衰させずに伝えていく、非常に巧妙なしくみだと言えます。神経細胞は脂肪やたんぱく質などでできていて電気抵抗が大きいから、電気回路と同じように電子を流そうとしてもうまくいきません。でもこの「ドミノ倒し」方式なら、電気信号が衰えずに伝わっていくことができるからです。
ただ電気回路に劣っている点はいくつかあって、ひとつは速度は電気信号と比べるとかなり遅いということ。電気信号は光の速さ(秒速30万キロメートル)ですが、活動電位の速度は秒速100メートル。時速360キロなので、日本の新幹線より少し早い程度ですね。
もうひとつは、出力をコントロールできないことです。このドミノ倒しの方法だと、電子の流れを制御するように、電気信号を強くしたり弱くしたりすることはできません。ドミノ倒しには、ドミノ牌が立ってるか倒れてるかのふたつの状態しか存在しないのと同じで、活動電位はオンとオフのどちらかしか存在しないのです。しかも活動電位はいったん発生すると、チャネルのドミノ倒しが否が応でもどんどん起きてしまうので、途中でストップさせることもできません。走り出したら止まらない暴走車みたいなものなのですね。
そこで出力のコントロールのために、シナプスが利用されています。