「死んだ友人をAIにする」悲劇をテクノロジーで乗り越えようとしたロシア人起業家の話

佐々木俊尚の未来地図レポートのアーカイブ Vol.573をお送りします
佐々木俊尚 2023.03.16
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佐々木俊尚現在の視点

 自分自身と会話を続けていくことで、自分そっくりのパーソナリティをつくっていくことができる米国の興味深いAIチャットボット「Replika」。このサービスがどのようにして生まれたのかという数奇な物語をお届けしています。

亡くなった友人とAIで会話することはできるのだろうか?~~ローマンとユージニアをめぐるたったひとつの物語(前編)

サンフランシスコのルカ(Luka)社というスタートアップが開発し、今年3月に公開した「Replika(レプリカ)」というアプリがあります。これはAIを使ったチャットボットで、要するにAIとの間で会話ができるというものなのですが、興味深いのは、相手のAIがユーザーの話しぶりや口癖などを学び、それを真似してだんだんとユーザーに似ていくように仕組まれていること。つまり自分の分身をチャットボット上に作ることができるのです。

◆Replika

https://replika.ai/

 今のところは英語しか使えないようですが、バンバン資金調達してぜひ日本語も含めた多言語化してほしいですね(笑。

◆Speak, Memory - The Verge

http://bit.ly/2BiAYFz

 ザ・バージのこの記事によると、ルカ社の女性創業者であるユージニア・クイダ(Eugenia Kuyda)の親友だったローマン・マズレンコ(Roman Mazurenko)が亡くなったことが、このアプリを開発するきっかけになったそうです。今回のメルマガでは、この悲しい物語を紹介していきましょう。

 ローマンは1981年にベラルーシで生まれ、両親は技術者と造園家。一人っ子でした。ずいぶん真面目な子供だったようで、8歳のときに「僕の子孫たちへ」と第して「僕がいちばん大事にしている価値観は、知恵と公正さだ」と書き記した手紙を遺していました。でも家族と写った写真の中の彼は、ローラースケートやボートで遊び、木に登り、くしゃくしゃの茶色の髪でいつも微笑んでいました。

 10代になると、少年は冒険を求めるようになります。政治デモに参加し、16歳で海外旅行に出ます。最初にニューメキシコに行き、そこで交換プログラムに参加して1年を過ごし、次にダブリンでコンピューター科学を学び、西欧の芸術やファッション、音楽、デザインに魅了されました。

 大学を卒業し、2007年にモスクワに戻ったころには、ロシアは経済的な繁栄を成し遂げていました。一時的ではあったのですが、海外にも広く門戸を開いて、新世代のコスモポリタンな都会人が育つようになっていたのです。こういう文化の中でローマン少年はびっくりするぐらいのイケメンになり、青い目と細身の身体で現代のヒップスターとして闊歩していました。最新のファッションに身を包んでしょっちゅうパーティーに顔を出し、スーツ姿の彼はまるで映画スターのようだったといいます。

 とはいえローマンが女性とデートするようなことはめったになく、そういうことよりも西欧式のスタイルをロシアに持ってくるようなプロジェクトに熱中していたそうです。

 さて、後にルカ社を創業することになるユージニアがローマンと出会ったのは2008年のことでした。彼女は22歳で、モスクワの「アフィシャ」というニューヨーク・マガジン風の雑誌の編集者でした。ローマンが友人たちと立ち上げたクリエイティブグループの取材をしたのがきっかけです。このグループの3人はモスクワの新しい文化の中心地になっていて、雑誌や音楽フェス、ナイトクラブなどを次々と立ち上げているところだったのです。彼らはロシアの文化と未来について夜通し語り合い、友人たちは彼のカリスマ性にすっかり魅了されていました。

 ローマンはモスクワのナイトライフシーンを作り上げ、皮肉っぽくも「プーチンのグラマラスさ」と呼ばれていた旧来のロシアのナイトライフを一新させようとしていました。この古いナイトライフがどういう文化かというと…オリガルヒと呼ばれる新興財閥の金持ちたちが、夜な夜な秘密のパーティーに運転手付きのロールスロイスで集まるというようなものでした。

 ユージニアは、ローマンがつくったナイトシーンに魅了されました。特に彼が「モーメント」と呼んでいた、この瞬間を楽しもうという文化的センスに。イギリスの有名DJマーク・ロンソンが飛び入りで参加したり、イタリアのディスコバンドであるグラス・キャンディがやってきたり。演奏は警察の目を盗んで、夜間禁止令の時間を過ぎても続けられていました。大手企業も後押しするようになり、ラム酒ブランドのバカルディは長年にわたってスポンサーを務めたそうです。

 しかしロシアの社会状況はこのころから暗転していきます。リーマンショックが起きて経済は悪化し、ロシアでは古い愛国主義が復活し、プーチン政権が独裁化していきます。明るく開かれたロシア文化は幻となって消えていくようでした。

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