消える街の本屋と生き残る街の本屋の違い

佐々木俊尚の未来地図レポートのアーカイブ Vol.104をお送りします
佐々木俊尚 2022.12.29
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佐々木俊尚現在の視点

 書店員さんの最大の価値は、「どのような本が素晴らしいのか」という道しるべを作ってくれること。だから大きな書店よりも小さなキラリと光る本屋さんが良いのです。12年前の記事ですが、この話は未来にも通じていくでしょう。

書店員のキュレーション力が本屋さんを復興させる

4月に刊行した「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー21)でも書きましたが、東京・千駄木の往来堂書店はつねに書店の将来可能性のひとつとして語られています。1996年に開店した売り場面積わずか20坪のこの小さな書店は、初代店長だった安藤哲也さんの「書棚は管理するものではなく,編集するものだ」「文脈のある本棚づくり」「本の無党派層をどう引きつけるか」といった言葉で圧倒的な新しい書店像を描き出しました。

 たとえば食品関連の事件話題になっている時は、食品衛生法の本を並べ、そしてその周囲にはその食品の歴史をひも解いた本など関連本を次々と並べるわけです。地元本のコーナーには、「江戸から東京、そして私たちの暮らし」「これであなたも散歩の達人」「酒飲みのための棚」。あるいは「生きるのが苦手な人の棚」「もう女性にしか期待しない」といった棚。取次のデータ配本とはまったく異なる、独自の品ぞろえがこの店では実現されたのでした。

 この「文脈棚」の考え方は、二代目店長である笈入建志さんの現在にも引き継がれています。そしてもちろん今も、往来堂は本好きの強い支持を得ていて、決して地の利の良い場所でもないのに関わらず客はひっきりなしに訪れています。

 現在、往来堂の棚を作っているのはスタッフ4人。全員が20~30代と若い人たちばかりです。「書店の実務は学べばすぐわかるから、必要なのは書店経験よりも本読みの経験。本をどう並べ、発見させて広げていくかという好奇心をどう展開できるか。自分の好奇心が広がっていく人でなければ、人をひきよせる棚を作ることはできない」(笈入さん)

 往来堂の棚で1冊の本を手にして、そこから棚の横へと次々と手が伸びていく。「こんな本もあったのか」「さらにこんな本も」という発見の連続をどう演出するかにかかっているということです。

 こうした書棚の演出の取り組みは、他の書店でも多く行われています。たとえば京都の恵文社一乗寺店や、最近では丸善が東京駅前にある丸の内本店にオープンさせた「松丸本舗」などがそうです。でもこのような方向性には、ひとつの大きな矛盾が存在しています。たとえば元トーハン社員の研究者、柴野京子さんは以前、私の取材にこんなふうに語っています。

 「往来堂や松丸本舗の取り組みは、本当にすばらしいと思います。でも一方で、そうした書店のあり方は本好きにしか関係のない世界。本好きの人たちは書籍の未来の話になると必ず往来堂書店や恵文社のケースを挙げるけれども、結局は本好きの人たちの中での世界でしかありません。松丸本舗もそうで、丸善丸の内本店にあるからこそ成り立っているんですよね。日ごろそんなに多くの本を読まない人たちにとっては、そうした空間というのはあまり関係ないということになってしまうのではないでしょうか」

 往来堂にしろ松丸本舗にしろ、これらの書店の棚のコンテキスト(文脈)を作成するのは、しょせんは個人の営為にすぎません。だからそうした書棚の演出に共感できるのは、書棚を作成した人とコンテキストを共有できる特定少数でしかないということなのです。

 だからここには、取次システムによって全国に普及した書店というマスモデルと、少量多品種の書籍というニッチモデルの、大いなる矛盾が横たわっていると言えると思います。ニッチに走れば特定少数の客の心は掴むことができますが、しかしマスには到達しません。すべての読者のニーズを満たすことはできないわけです。

 また地理的要因の問題もあります。往来堂書店は、必ずしも本好きの「往来堂ファン」ばかりを相手にしているわけではありません。「近所に本屋があるから、あそこで買うか」的な地元の人も大切なお客さん層で、だから往来堂の書棚には普通のベストセラー本や自己啓発本なんかも並んでいます。

<ベストセラー本=地元客>

<良くキュレートされた本=遠来からの往来堂ファン>

 上記のような収益構造で成り立っているということです。でも逆に言えば、このように「ベストセラー本」と「良くキュレートされた本」の両輪があるからこそ、往来堂はビジネスとして成功しているともいえるかもしれません。街の小さな書店の多くが潰れてしまったのは、「ベストセラー本」にばかり頼ってしまった(しかもそういう本は取次からなかなか配本されてこない)から。一方で「良くキュレートされた本」だけでは、マッチングの問題があって単体でそれだけで食べていくのは難しいと言えるかもしれません。

 書店の未来を考える時、突破口はどこかにあるのでしょうか。笈入さんは、次のように話しています。

 「書店がお客さんに提供できるのは、『あなたにとって面白そうな本がここにありますよ』という提案しかありません。それは今までは『マスコミに取り上げられたから』『ベストセラーになったから』という要素でした。しかし往来堂ではそうした要素ではなく、文脈棚のさらに向こう側へと乗り越えて、書店自身がメディアにならなければいけないと考えています。しょせんは個人だから偏りはあるけれども、だから島宇宙と島宇宙がどこかでつながるように、ゆるく多くの人が連携してやっていけるようなモデルを模索していきたいと思います」

 書棚を演出する人間が、読者とつながっていくようなある種のコミュニティ空間を、彼はビジョンとして描いているわけです。これこそが「書店員キュレーター」の未来にほかなりません。

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