Sportifyからヒットが生まれて、Kindleから生まれない理由

佐々木俊尚の未来地図レポートのアーカイブ Vol.235をお送りします
佐々木俊尚 2022.10.20
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佐々木俊尚現在の視点

 音楽は聴いているその一瞬一瞬が快感ですが、読書は高い山を登るのにも似ていて、苦労の末に感動がやってくる。音楽と読書の喜びの違い、という視点で2013年に書いた記事です。

電子書籍に「積ん読」ってあり得るんだろうか? 〜〜音楽「聴き放題」サービスが本の世界にやってきたら仮説

電子書籍に「積ん読」ってあり得るんだろうか? 〜〜音楽「聴き放題」サービスが本の世界にやってきたら仮説

電子書籍についてさまざまな論考を発表されている漫画家の赤松健さんが、以下のイベントで次のようなことをおっしゃっています。

■CMT CONNECTIONレポート:電子出版でコンテンツ・ビジネスの未来はどう変わる?

http://bit.ly/YkE5PM

 電子書籍はパッケージが存在しないので、紙の本ほどには売れないのでは?というのが赤松さんの意見です。所有できない電子データに対し、人はお金を払うようになるのかどうか。売れるのはせいぜい、巻数が多くて場所をとる場合や、気恥ずかしくて本棚に並べることがはばかられるアダルトジャンル、あるいは1冊100円程度の安価なものだけ、というのです。「漫画誌が売れなくなったことで出版社が新人育成機能を果たせなくなってきた現況や、ランキング上位でないと売れない=下位の作品を知ってもらう機会がないため新人はますます不利になる」とも。

 これはレコメンデーションの不足の問題ですね。たしかに現在のKindle StoreにしろiBookstoreやその他国産プラットフォームにしろ、基本は「ニューリリース」「ランキング」がトップに並び、以下ジャンル別に網羅的に本棚が並ぶという方式が踏襲されており、本がうまく見つけられる仕組みにはなっていません。

 この問題は、3年前に刊行した『電子書籍の衝撃』の中でも書きました。以下、懐かしいこの本からの引用です。

「本という装置。その本を取り巻くコンテキスト。なぜ私たちは歴史の中のこの場所とこの時間に立っているのか。それをこの本はどう説明してくれるのか。その本を介して、私たちはどんな世界とつながり、どんな人たちとつながるのか。その向こう側にあるのは新しい世界か、それとも懐かしく暖かい場所なのか、それとも透明な風の吹きすさぶ荒野なのか----それは本とそれをとりまく読者のつくる圏域によってさまざまでしょうが、本を介してそうした世界に私たちはさらに強くつながるようになるのです」

 書籍のレコメンデーションをおこなっていくためには、その本のパッケージ(ランキングとかCM露出度、作家名など)ではなく、コンテキスト(その本が持っている文化的背景)を共有させる仕組みが必要。しかし現状の出版は、紙の書店にしろ、Kindle Storeのような電子書籍ストアにしろ、そういうコンテキストが流通するような仕組みができあがっていません。

 そのコンテキストを流通させるしくみとして私は、ソーシャルメディアの可能性があるのではないかと同書で書きました。これは今も意見が変わっていません。……同書刊行当時は出版印刷業界の人から「ソーシャルメディアで本が売れるなんていう佐々木俊尚の太平楽」みたいなことを言われましたが。

 ただこのソーシャルレコメンデーションに加えて、ビッグデータ解析の可能性がここ数年急浮上してきています。ビッグデータは以前はあらかじめ構造化されたデータしか解析できませんでしたが、最近はFacebookのコメントやTwitterのツイートなど、構造化されていないあいまいなデータも数理的に分析できるようになってきています。

 レコメンデーションには「人間の手によるもの」と「コンピュータの計算によるもの」の二つがあり、後者については猛烈なコンピュータパワーを必要とするため、そうかんたんには実用化されず、まず「人間の手によるレコメンド」が先んじるのではないか……と数年前の私は考えていたのですが、コンピュータ能力の進化とアルゴリズムの洗練は、私の予想のはるか先を進んでいたようです。

 こういう中で、音楽の世界ではすでにビッグデータ分析、つまり「コンピュータの計算によるレコメンデーション」が大きく花開こうとしています。日本ではまだサービスインしていませんが、PandoraやSpotifyなどの音楽定額配信サービス(聴き放題サービス、音楽ストリーミングサービスなどいろんな呼び名があります)がそうです。

 たとえばPandoraについては、以下の榎本幹朗さんの連載記事が非常にくわしく解説されています。

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