紙の本とリアル書店はどう生き残るのか?
佐々木俊尚現在の視点
電子書籍の普及によって、本を買うという行為がどう変わるのかを論じた2010年の論考。漫画を中心としたいまの電子書籍の隆盛を見るにつけ、この論考の通りになったなあと感じています。
紙の本とリアル書店はどう生き残るのか?
今年4月に「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー21)という本を出して以来、本の未来についての話を聞かれることが非常に多くなりました。
「出版社はどうすればいいんですか」「印刷会社は」「印刷機器メーカーは」「書店はどうなるのでしょう」「図書館は」。
たとえば印刷会社に関していえば、中西印刷専務の中西秀彦氏が書かれた以下の記事が非常に興味深い内容になっています。
■我はいかにして電子書籍の抵抗勢力となりしか
http://bit.ly/aAnbXM
どうも私の著書を非難しているらしい「市民社会の良識など今の掲示板やツイッターを見る限り幻想に思える。ソーシャルメディアがよい物と悪い物を自然選択するというような太平楽はましてや信じられない」というくだりはリテラシーの低さにちょっと笑えるにしても、この記事は電子化によって業界構造が大きく変化し、その結果プレイヤーが淘汰されていく可能性について非常にリアルに書かれています。
紙の本がいますぐ無くなるわけではありません。中世のヨーロッパで紙の本の印刷物流が写本を駆逐するまでに100以上も要したように、紙の本を電子書籍が駆逐するまでにはかなりの時間がかかるでしょう。予測するのはほとんど不可能ですが、どんなに短く見積もっても十数年、長ければ数十年ぐらいの年月が必要なのではないかと思います。
そのように少しずつ進んでいく状況の中で、いったい本の業界がどのように構造変化し、従来のプレイヤーがどう戦略を再構築してどのような新たなビジネスを構築していくのかについて、われわれはきちんと見据えていかなければなりません。
日本ではいったん既得となった権益はそのまま守られてしまうことが多いので、「いまあるビジネスを捨てて別の方向へとすばやく転身」というような機動力のある戦略を立てられる企業は非常に少ないのが現状です。このあたりは既得権益が生まれにくく、企業が自然淘汰されやすいアメリカ企業(非常に残念なことではありますが)の方が圧倒的に得意です。
書店についていえば、たとえば全米最大規模の大手書店チェーン「バーンズ&ノーブル(B&N)」は、アマゾンのキンドルに対抗してNookという電子書籍リーダー/アプリを発売しています。この戦略が実現した背景には、ハンドヘルドコンピュータメーカーとして有名なパームの幹部を引き抜き、自社のCEOに据えたという決定的な経営判断があります。日本でいえば、紀伊國屋書店の新社長にヤフージャパンの役員を招くようなものだといえば、そのインパクトがおわかりいただけるでしょうか。
インターネットの業界は、圧倒的なプラットフォームモデルです。アップルやアマゾン、グーグルといった大企業が音楽や電子書籍、検索、ソーシャルメディアなどの分野で大きなプラットフォームを構築し、もっとも大きな収益を奪う。それ以外の企業は、向こう見ずにプラットフォーム競争に参戦するか、そうでなければプラットフォームの作るエコシステム(生態系)に参加し、みずからがモジュールとなって小さなビジネスを行うという二つの方向しか生き残る道はありません。
たとえばツイッターという巨大プラットフォームが立ち上がってくる中で、第1の方向は、ツイッターに対抗して同じようなステータスアップデートサービスを投入する。これは成功すれば巨額の富が得られる可能性がありますが、失敗すれば無一文です。第2の方向は、それが無理ながらツイッターの生態系に自ら参加してツイッターの使いやすいアプリケーションを作ったり、ツイッターのログを解析するツールなどを作って儲ける。つまりモジュールビジネスです。これは収益を得やすいのですが、一方であくまでもスモールビジネスで、大きな収益にはつながりません。
同様に電子書籍もプラットフォームとモジュールの二つにビジネスは分化していきます。B&Nは大手書店チェーンとして、アマゾンやアップルに屈服してモジュール化の道を歩むような戦略は考えられなかったということなのでしょう。自らがプラットフォームへと突進する道を選んだわけです。
しかしB&Nのような経営規模の大きい大手書店チェーンはともかく、小さな町の本屋さんはどうすればいいのでしょうか。みんなで連合してプラットフォームを作るということも考えられますが、過去十数年のネットビジネスの栄枯盛衰を見ていると、こういう連合(アライアンス)モデルは成功した試しがありません。インターネットビジネスという極めて時間の流れが素早く、機動力が必要とされる世界では、「みんなで相談して」というような時間のかかるやり方は通用しないのです。
そこで町の本屋さんにとって、最適な戦略は「電子書籍プラットフォームの中で、自らをモジュール化し、自分の居場所を見つける」ということになります。
それを現実に行っているのが、アメリカの独立系書店が参加している全米書店連合(American Booksellers Association、ABA)です。ABAは先ごろ、グーグルとの間で電子書籍についての提携を行いました。
グーグルはご存じのように、数年前から「ブック検索」というプロジェクトを進めています。これはアメリカや日本などの図書館が所有している書籍を独自の機器でスキャンし、OCRによって文字も読み取ってデジタルテキストとしてデータベース化し、これをウェブから検索できるようにしようというものです。しかし著作者の許可を得ずにスキャンを行ったことから、出版業界団体や作家の団体から強い非難を浴び、訴訟沙汰となりました。いったんは和解したのですが、ヴェルヌ条約によってこの和解条項が世界中の著作者に及ぶということが発覚したため、日本でも大騒動となったのはつい最近のことです。
和解についてはアメリカの司法省も疑義を差し挟んだため、法定での手続が現在も続いています。そこでグーグルはこのブック検索とは別に、グーグル・エディションという新たなサービスの計画をスタートさせました。これは出版社からの許諾を得た電子書籍のテキストを、ウェブで販売するというものです。つまりはアマゾンのキンドルストアやアップルのiBookストアと同じものです。
ただ先行するアマゾンやアップルと異なるのは、(詳細は公表されていませんので推測も混じりますが)グーグルの取る配信手数料がきわめて低いということ。アマゾンやアップルが30~50%も手数料を取ることに出版社は非常な怒りを示していて、これがIT企業vs出版業界の対立の原因にもなっていますが、グーグルはここで低価格路線に走ったようです。10%を切る手数料を提示しているといいます。
グーグル・エディションは当初「今夏スタート」と発表されていましたが、すでに8月(笑)。最近は「この夏遅くには」と表現が若干変わっています。おそらく9月か10月にはアメリカで始まるのではないでしょうか。日本でのスタートは来年の初めとされています。 アメリカでは当初、出版業界から提供された電子書籍コンテンツ40~60万冊でスタートする予定で、これはキンドルストアの品ぞろえとほぼ同じ規模です。
興味深いのは、当初はウェブブラウザー経由での購読にのみ対応するということです。パソコンのブラウザで本を読むというのは、iPadやキンドルが普及し始めている現在、あまり良い方向とは思えませんが、どうもグーグルは今後の戦略として、自社OSであるChromeやAndroid上で自由にグーグル・エディション対応のアプリを第三者メーカーに開発してもらったり、あるいはiPadのようなタブレットデバイスにもオープンに対応していく方針のようです。
アップルは音楽にしろアプリ市場にしろ、そして電子書籍にしろ、すべて「垂直統合」モデルです。iTunesストアで購入した楽曲は(DRMつきのものに関しては)iTunesというアプリでしか再生できず、これはiPodやiPhoneなどの専用機器にしか送信できません。またアプリ市場についても、販売されるアプリをアップストアで厳格にコントロールしています。アップストアで販売されていないアプリは、iPhoneやiPadに自由にインストールすることはできません。 一方、グーグルは徹底的にオープン路線です。Androidで動くアプリは、Androidマーケットで販売されていますが、アップルのアップストアのような厳格な管理は行われていません。またAndroidが動作する携帯電話などの機器も、台湾や韓国などのメーカーが自由に開発・販売しています。
このオープン路線を電子書籍の市場にも持ってこようとしているのが、グーグル・エディションの戦略というわけです。
アップルの閉鎖系垂直統合に関しては、1990年代のMac対Windows戦争を引き合いに出し、「アップルは再び負けるんじゃないか」と見る業界関係者も少なくありません。90年代にもアップルはMacで垂直統合モデルを推進しましたが、アプリ開発やパソコン販売をオープンに展開したマイクロソフトのWindowsに敗れ、いっときは数パーセントにまで市場シェアを落としてしまいました。アップルはiPhone/iPadで、これと同じ轍を踏むんじゃないか、というわけです。
どちらに軍配があがるかは、現時点ではまだわかりません。少なくとも日本のスマートフォン市場では、iPhoneがAndroidを完全に凌駕してしまっています。しかしアメリカの市場ではAndroidはかなり健闘しています。もう少し時間が経過し、キラーデバイスやキラーアプリ、キラーコンテンツが出てこなければ勝敗ははっきりしないでしょう。
ただひとつ言えるのは、市場がオープンであるということは、生態系に参加するモジュールが繁栄しやすいということです。
そこに全米書店連合(ABA)の活躍の可能性が出てきたというわけです。先ほどの話に戻りましょう。グーグルとABAとの提携によって、ABAは比較的安価な卸値で、グーグル・エディションから電子書籍を卸してもらうことができます。そしてABAに加盟している全米1400の独立系書店は、これらの電子書籍を自社のウェブサイトで販売することができるようになります。
そんなことをして何の意味があるのか?――と感じる方もいらっしゃるでしょう。グーグル・エディションから購入すればすむ話なのに、なぜわざわざそんな小さな書店のサイトで電子書籍を買わなければならないのか、って。
ここで重要なのは、ABAに加盟しているのは日本でいえば、往来堂書店や恵文社一乗寺店のような非常に強い個性を持った独立系の書店であるということです。それらの書店に客が足を運ぶのは、何処の本屋にもあるようなベストセラーが置いてあるからではありません。その書店にしかない、しかも自分の好みにあった良質な本が手に入るからなのです。
以前からの本メルマガの読者であればよくご存じだと思いますが、私はソーシャルメディアにおけるキュレーションの重要性についてつねづね語っています。キュレーションは情報を収集・選別・意味づけ・共有する行為のことであって、ネットで情報洪水が起き、もの凄い量のコンテンツが流れていく中にあっては、コンテンツそのものよりもコンテンツを選び出す行為の方が重要になってきています。アメリカのブロガーの中には「コンテンツが王である時代は終わった。これからはキュレーションこそが王だ」と言っている人までいます。
そもそも、電子書籍の情報をどうやって得るのかということについて考えてみましょう。アプローチは次の4つがあると思います。