ネット集合知の理想はいつ崩壊したのか? 2014.8.11
佐々木俊尚現在の視点
2009年、大ベストセラー『ウェブ進化論』で有名な梅田望夫さんが「日本のウェブは残念」と発言し、ネットで大きな議論になったことがありました。こういう発言です
>「残念に思っていることはあって。英語圏のネット空間と日本語圏のネット空間がずいぶん違う物になっちゃったな」。
Web2.0が盛り上がった後のこの時期、ついにネットが日本のメディア空間に本格的な浸透をはじめたのだというのは、後になってから実感したことでした。当時を振り返ります。
なぜ梅田望夫氏は日本のウェブを「残念」と通告したのか 〜〜インターネットの言論空間はどう変わってきたのか。その歴史を振り返る(3)
2ちゃんねるからブログ、そしてソーシャルメディアへといたる日本のネット言論の変遷について振り返るシリーズの第3回です。
前回は、赤木智弘さんの「希望は、戦争。」に象徴される世代間対立が、2000年代なかばにおけるネット言論の重要な背景事情になっていたということを解説しました。この「ロスジェネvs上の世代」という世代間対立が、テレビや新聞など「第四権力」としてパワーを誇ってきたマスメディアへの反発と重なりあい、それがブログの盛り上がりに乗っかるかたちで一気にネット言論を大きくしていったというのが、この時期の流れだったのではないかとわたしは捉えています。
とはいえ、こうしたロスジェネによるブログ言論の隆盛がさらに燃え上がり、革命や対決につながるような事態になったわけではありませんでした。そこまで行ってくれたら面白かったんですが……。
この背景要因は多々あります。しょせんネットの言論を支えている層は社会全体から見ればまだマイノリティだったということもあるでしょうし、加えてネットというテクノロジの側面から見れば、ブログ媒体の普及が停滞したということも大きかったと思います。
2005年ごろから普及をし始めたブログは2007年ごろには大きな論壇空間を形成しましたが、残念なことにほぼ同時に停滞し始めたということです。SNSや携帯電話サービスがブログを上回る速度で普及し始めたからなんですね。
2007年の段階で、SNS市場で当時先行していたミクシィは利用者数が1000万人。また当時はゲーム中心ではなく、あくまでもSNSだったDeNAのモバゲータウンは、若者を中心に会員数が700万人以上に達していました。インターネットの調査会社ネットレイティングスが06年に発表した「データクロニクル2006・ファクトシート」によれば、パソコンを使ったインターネットの利用者のうち20代の比率は2000年以降下がり続けていて、06年には全世代の11.9パーセントにまで下落していたことが指摘されています。ネットの利用度が比較的低いと考えられていた50代の11.8パーセントと肩を並べてしまったんですね。このファクトシートで、ネットレイティングスの萩原雅之社長(当時)は、以下のようなコメントを加えています。
「若い世代で先行していたウェブ利用は、この6年間で着実に中高年齢層に普及しています。また、同時に女性にも普及している様子が見て取れます。一方で、20歳代の比率が減少しているのは、ウェブ利用が全世代にわたり一般化したことによるものですが、携帯電話端末の機能やサービスが劇的に向上し、ECやSNSなどの携帯電話による利用増も要因と考えられます」
つまり自己表現のメディアが、ブログからSNSや携帯電話へと移り変わっていったわけです。そういうメディアデバイスの移行が、この時期に起きたということなんですね。
それに加えて、2ちゃんねるの高齢化も始まっていました。当時、社団法人日本広告主協会Web広告研究会が発表した「消費者メディア調査」によれば、2ちゃんねるの主な利用者層は35〜45歳の人たちであり、この層が利用者全体の38.3パーセントを占めていることが指摘されました。このデータが発表された時のことを私もよく覚えていますが、けっこう衝撃的でした。なんとなく漠然とですが、「2ちゃんねるは鬱屈した若者のメディア」というようなイメージが2000年ごろにはネットの中で共有されていたんです。しかし2007年ごろになれば、それが実は中年のメディアに変わっていたという現実。7年も経っているのだから人は年を取るのが当然なのですが、それをまざまざと見せつけられて「2ちゃんねらーももはや中年か!」と愕然とした記憶があります。
そうやってロスジェネ=団塊ジュニア世代もだんだんと年を重ね、2000年代後半に入ってくると30代なかばに達してきたんですね。そしてその後に続いてきた80年代生まれ以降の若者たちは、2ちゃんねるやブログではなく、SNSや携帯電話へと表現メディアを変えていくというような転換が起きたのです。まさに時代は変わる、です。
このころからネットの言論空間は、一気に多層化していきます。クラスター化といってもいいでしょう。2ちゃんねるを使う層、「はてな」などでブログを書く層、SNSを使う層、携帯電話(ガラケー)中心の層、などさまざまなレイヤーが重層的にネット空間を構成するようになっていくわけですね。きわめて複雑で全容は把握しにくくなりました。しかしそれは言ってみれば、リアルな社会の構成へとネットの空間が近づいてきたということであり、リアルの複雑さがネットにも持ち込まれたということでもあったのでしょう。90年代終わりごろ、2ちゃんねるぐらいしか言論空間がなかった牧歌的な時代はもはや「遠くになりにけり」となったのです。
この時期に起きたもうひとつの興味深い現象として、日本のネット言論空間の最大のオピニオンリーダーで、ベストセラー『ウェブ進化論』(ちくま新書)の著者だった梅田望夫さんが、ネットへの失望を表明して、事実上言論から撤退してしまったという事件があります。