人を動かす政治議論はアリストテレスの『弁論術』に学べ 2018.3.26
佐々木俊尚現在の視点
エトス(信頼)パトス(感情)ロゴス(論理)の三つが必要だと説いた古代ギリシャの哲学者アリストテレス。現代の政治の議論にも通じるこの大切さについて、徹底的に解説しています。左右の両極に真っ二つに分かれ、互いに「パヨク」「ネトウヨ」と罵り合っているだけでは、まともな政治議論はどこまでも不可能ですよね。
アリストテレス「弁論術」に学ぶ政治の議論のあり方とは~~私たちの良き公共圏のために(前編)
古代ギリシャには、「ソフィスト」という弁論の達人たちがいました。しかし達人と言っても彼らの弁論のアプローチは、聴衆や審判をひたすら煽り、感情を盛り上げるというもので、つまり「議論に勝つ」ということが目的になっていました。ソフィストが「詭弁家」と訳されたりするのも、そういう理由からですね。
これを批判したのがかの有名なソクラテスで、世界には絶対的な真理があると考え、真理を相対的なものであるとして、ひたすら相対的な議論に明け暮れるソフィストたちと対立したのでした。
こういう議論の中から生まれてきたのが、ソクラテスの弟子であるプラトンの弟子であり、孫弟子にあたるアリストテレスの「弁論術」です。アリストテレスは、ソフィストのような感情に訴える弁論は「付属物」にすぎないと指摘しました。説得する本体に当たるのはあくまでも論理であって、「中傷とか憐れみとか憤りとか、その他、心が抱くこの種の感情は、当面の問題にはなんの関わりもなく、ただ裁判官の気持ちに狙いをつけているにすぎない」(「弁論術」岩波文庫版)。
ただ、この「付属物」は決して無視はできない。人間は感情によって揺さぶられる生き物だからです。真理の美しさや論理によってのみ人を説得できるのは理想かもしれませんが、それは現実的ではない。ではどうすればより良い議論ができるのか。アリストテレスはそういうところから、独自の弁論術をスタートさせているのです。
アリストテレス弁論術の基本は、まず最初に共有されている認識があること。その共有認識をもとに、段階を少しずつ踏んで、相手を納得させていくこと。そしてこの基本の方法のために必要な要素として、次のように書いています。 「言論を通してわれわれの手で得られる説得には三つの種類がある。すなわち、一つは論者の人柄にかかっている説得であり、いま一つは聴き手の心が或る状態に置かれることによるもの、そうしてもう一つは、言論そのものにかかっているもので、言論が証明を与えている、もしくは与えているように見えることから生ずる説得である」
これが一般的に、エトス(信頼)パトス(感情)ロゴス(論理)と言われているものですね。
信頼と感情と論理。この三つは私たちがコミュニケーションする際に、あらゆるところで目にしているものです。たとえば、あなたが誰かに連れられて初めての登山に出かけているとします。あなたは山が怖くてしかたないけれど、連れてきてくれた彼は自信たっぷりに「安心していいよ。僕がリードします」と答えます。そうして登り始めたのですが、やがてコースは岩稜へと差し掛かり、登山初心者のあなたは怯えてしまう。「落ちて死ぬんじゃないか…」。しかしリーダーの彼は慣れているのか、何も気にせずガンガン岩場をよじ登っていく。
もう少しケアしてほしいけど、彼にどう言えばうまく気持ちが伝わるでしょうか。三つの方法があります。