SNS時代のコンテンツ戦略は「マスを狙わない」
佐々木俊尚現在の視点
2010年の記事で、その翌年に刊行した『キュレーションの時代』の内容を先取りして書いています。いまでは当たり前になったSNSでのキュレーションですが、この当時はマス広告に代わる新しい方向性として非常に斬新な響きがありました。
ソーシャルメディアは生活文化圏を再構築していく(後編)
前回に引き続き、映画関係のお仕事をされているある男性(Twitterのアカウントは@reepicheep75)のツイートを紹介していきましょう。彼は単館アート系の映画が本当はもっと多くの観客をひきつけられるはずなのに、映画を宣伝する側があいかわらず「憧れのパリ」「有名人」といった記号を付与することでしかプロモーションを行っていない現状に問題がある、と指摘しています。しかしそうした状況の中でも、新たな試みに打って出ようとしている人もいる。以下はreepicheep75さんのツイートです。
「とは言え、ちゃんとした宣伝の方もいる。今年はじめの『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の宣伝担当をした方と結構密に話す時間があったが、『イベント的盛上り』に重点を置くことによって、宣伝が難しそうなこの完全ド・男な映画を成功させた、という」
「ココで言う"成功"は大ヒットのことじゃ、ない。そもそも「大ヒット映画」というのがマス的な考え方だ、と思います。今は、きちんと回収して、次に制作あるいは配給まで、繋げていくことが大事な事。一度配給され、制作された映画は権利が発生して何度も上映され得る
『ボーイズ・オン・ザ・ラン』というのは『ビッグコミックスピリッツ』に連載されていたマンガの映画化で、妄想ばかり抱いている二十代後半のダメ青年が初めて恋をしたけれど・・というような物語です。私は残念ながら映画は未見なのですが、マンガは読みました。妄想っぷりがかなり痛々しく、しかし「あー、こういう情けないシチュエーションはあるよなあ」と自分の恥ずかしい心の奥底をこじ開けられるような、リアリティたっぷりな描写が魅力的なマンガです。
この『ボーイズ・オン・ザ・ラン』のような作品は、高齢者や主婦層にはまったく受けないでしょう。そういう意味で、現在の消費市場を牽引している層にはリーチしません。つまり「マス向け」ではないのですが、しかし20最大後半で同じような世代で同じような悩みを抱えている若者には訴求するリアリティを持っています。
だとすれば、そのような層がいったいどこに存在し、どのように活動し、その場で情報がどのように流れているのかという生態系をきちんと把握することができれば、マス向けに情報を無理して流さなくても、低コストでピンポイントに情報提供し、ターゲットとなる観客とがっちり接続できるようになれるはずです。
そしてそれこそがソーシャルメディアの可能性であるのです。ただ現状では残念ながら、映画興行の分野においては、その生態系の圏域をカバーするようなメディアはまだ現れてきていません。
reepicheep75さんはこう指摘しています。
「yahoo映画にしろ、goo映画にしろ、マス向けな感じ。紙の情報誌『ぴあ』を片手に映画観まくってたころの、映画情報の広がり方のほうが多岐にわたっていた気がします。なので、ウェブ上にマス向けでないサイト作られていけば、そういう広がりが期待できるのでは」
彼が夢想するのは、おそらくはこのようなウェブのメディアです——映画好きと映画好きがつながり、そこに無数の映画のコミュニケーションが立ち上がってくる。北欧の映画が好きな人たちの圏域や、小津安二郎のような昔のホームドラマが好きな人たちの圏域、あるいは香港のノワール(暗黒社会もの)が好きな人たちの圏域。そうした数多くの圏域がそのメディアの中では形成されていき、そうした圏域に新作の情報を投げ込むことができれば、本当にその新作映画を好きになってくれるであろうターゲットの層にリーチできるようになる——。
しかし今後、そうしたサイトは必ずや現れるでしょう。なぜなら、その他多くの分野においては、そうしたソーシャルメディアはいまや百花繚乱のように姿を現してきているからです。
たとえば映画の分野でいえば、DVDのタイトルに関してはソーシャルメディア的な導線がすでに整備されてきています。
ウェブから申し込んでDVDをレンタルできるオンラインDVDレンタルというサービスがあります。月額1000〜2000円前後の定額料金を支払い、ウェブ上で見たいDVDを注文。まもなくDVDが郵送されてきて、鑑賞後は同封されている返信用封筒を使って郵便ポストに投函するだけで、送り返せます。返却が完了すると、次のDVDを注文できる仕組みです。
準新作や旧作をじっくり見たいと考える映画ファンには非常に便利なサービスでしょう。リアル店舗であれば大規模店にしか置いてないようなマニアックな作品も、オンラインレンタルなら簡単に手に入ります。ウェブ上で予約リストも作成できますから、「次にこれを見て、その次にはこれを…、こっちは後回しにしようかな」などと、系統立てて自分の鑑賞スケジュールを立てられるわけです。ヘビーユーザーに実に便利なサービスですね。
TSUTAYAが運営する「ツタヤ・ディスカス」は、会員数90万人を越える最大手。以前私が取材して聞いてみた時には、会員の月平均レンタル枚数は約6枚だそうでした。「リアル店舗では、月に1、2枚借りるライトユーザーと、6枚以上のヘビーユーザーに分かれていて、半数以上はライトユーザーです。しかし、ディスカスではヘビーユーザーが8割程度を占めています」とTSUTAYAの担当者。
このリアル店舗との違いは、ユーザーの年齢層にも反映しています。リアル店舗の場合は、主な客層は20代と、30代後半以降。30代前半から半ばの人たちは、仕事や子育てで時間がとれず、レンタル店から足が遠のきがちなのです。ところがディスカスでは、この30代前半〜半ばの人たちがメインターゲットになっています。「映画を見たいだけど、店に行く暇がなくて…」という人たちが、オンラインレンタルにはまっているのでしょう。
そしてこのツタヤ・ディスカスの最大の魅力は、実はクチコミレビューにあります。ツタヤ・ディスカスの「レビュー広場」というクチコミコーナーにレビューを書き込んでいる人は、5万人近く。レビュー数は合計47万件にも達しています。
ここに載っている優秀なレビュアーの記事は、極めて質が高いことで有名です。ここで、人気レビュアーのひとり「masamune」さんが、根岸吉太郎監督、竹内結子主演の日本映画『サイドカーに犬』(2007年)をレビューした記事を紹介してみましょう。