「バカッター」の迷惑動画はなぜ連鎖するのか?対策のカギは「仮想現実」

佐々木俊尚の未来地図レポートのアーカイブ Vol.542をお送りします
佐々木俊尚 2023.02.16
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佐々木俊尚現在の視点

 回転寿司でのイタズラが物議を醸しています。ネットでは以前にも「バカッター」と呼ばれる同種の事件が相次いだことがありました。なぜ彼らは、不適切動画を、なぜSNSに投稿してしまうのか。おそらくは「仲間内しか見ないだろう」という誤解があるのでしょう。これを「インターネットという新しいテクノロジーにおける『私/公』の境界線を直感的に認知するのがまだ難しいからでは」という論点から分析した記事です。

「バカッター」はVRのような技術が進化すれば消滅する?~~空間認識テクノロジーの現在と未来(前編)

 「バカッター」とか、最近は「バカスタグラム」なんていう隠語もありますが、SNSに不適切な動画や写真を投稿してしまい、炎上騒ぎになるというケースは繰り返し起きています。若者のこういう行為自体は昔からあるもので、とくだん今になって増えてきているということではないでしょう。思い出すと私の大学生時代、友人のひとりは地下鉄に乗るとドアの上に貼ってある紙の路線図を剥がしてきては、アパートの壁に飾り付けていました。当時は「バカだなあ」ぐらいで終わったのですが、いまこれをやってSNSに投稿したら間違いなく炎上し、「窃盗犯だ!」と怒られるのは必至だと思います。

 ではこのような不適切動画を、なぜSNSに投稿してしまうのか。私はこれを、インターネットという新しいテクノロジーにおける「私/公」の境界線を直感的に認知するのがまだ難しいからではないか、と理解しています。

 フォロワーが友人たち数十人程度しかいない若者のツイッターアカウントだと、日ごろいろんなツイートをしても、反応は友人からしか返ってこないでしょう。そういうやりとりをしていると、自分のツイッターの空間はまるでサークル内かご近所さんの立ち話ぐらいにしか意識されていないはずです。だから内輪受けで不適切な動画をアップして笑いを取ろうと思ったら、あろうことかその動画は全世界から見えるようになっていて驚愕する。「えっ?たくさんの人がなぜオレのツイッターを見に来てるの」とうろたえているはずです。

 なぜこのような不協和が起きるのでしょうか。これはひとえに、SNSにおけるプライバシーの設定が直感的ではないからだと考えます。たとえばフェイスブックのPCウェブ版ですと、「設定」ボタンをクリックし、「プライバシー」タグを選択し、「アクティビティ」から「今後の投稿の共有範囲」という項目を出し、そこで「公開」「友達」「次を除く友達」などから選ぶ。

 このUI(ユーザーインタフェイス)はきわめて記述的で、直感的ではありません。コンピューターのUIは歴史的に見ると、キーボード入力と画面の文字表示のみで操作するCUI (Character User Interface) から、いまのWindowsやmacOSで使われているようなマウスで操作し、キーボードで文字入力を行うGUI (Graphical User Interface) へと進化してきましたが、プライバシー設定はきわめてCUI的です。

 まるでMS-DOS時代のコマンドラインのように、「COPY MYDOC.TXT A:」(MYDOCというテキストファイルをAドライブにコピーする)と逐次的に文字で打ち込んでいるような感覚なのです。

 SNSでの「私/公」の境界線は、今のところは私たち人間にとって直感的ではありません。しかしながら、直感的なイメージを想像することは可能です。たとえば世界中を覆う網の目を3次元空間の中でイメージしてください。きれいな碁盤目で編まれているのではなく、何百本、何十本もの糸が交差している網の目もあれば、数本の糸しかつながっていない網の目もある。それら網の目ひとつひとつが、私たち個人=SNSアカウントです。

 私というひとつの網の目から投稿を配信すると、面白ければ網の目を伝って、まるでインクのシミが広がっていくように世界にじわじわと浸透していきます。面白くない日常の投稿だったら、シミはほんのちょっと滲むだけ。バズる超絶面白い投稿だと、まるで音速のような速さでシミは日本の隅々にまで、言語を問わない動画だったらそれこそ数億人にまでシミは広がっていく。

 これはあくまで想像ですが、こういう空間的なイメージが共有されれば、SNSの「私/公」はもっと直感的に把握されやすくなるのではないかと私は考えています。自分の投稿がじわじわと染みていくのを3次元空間の中で見て、途中で「これはまずい、やめよう」と直感的に判断し、その場で投稿の閲覧制限をかけることができるからです。いまのSNSはこのような広がりのイメージはなく、「気がついたら何千回もリツイートされていてびっくり!」ですから。

 さて、ここからが本題です。これからの情報テクノロジーでこのようなイメージを形成することは可能でしょうか。

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