グローバルプラットフォームは世界をどう変えたのか
佐々木俊尚現在の視点
ヨーロッパの普遍主義が崩壊し、細分化した圏域で独自性を深めていく文化。その一方で、インターネットによって、共有されていくく文化。この二つの相矛盾したことが起きているインターネットのグローバリゼーションについて論じています。
グローバルプラットフォームは文化をどう変えるのか
今回、予定を変えてグローバルプラットフォームについてのお話を書くことにいたしました。ロケーション通知サービスの最新事情については、この後にお届けしますのでお待ちください。
インターネットというテクノロジの普及は、グローバルなコンテンツ流通に新たな変化を引き起こしています。YouTubeやiTunesなどによって動画や音楽が自由に流通し、世界中でそれらのコンテンツを共有できるようになっていった結果、コンテンツがグローバルレベルでアンビエント化していっているのです。
アンビエントというのは、私たちが触れる動画や音楽、書籍などのコンテンツがすべてオープンに流動化し、いつでもどこでも手に入るようなかたちであたり一面に漂っている状態。私は今年4月刊行の『電子書籍の衝撃』の中で、このアンビエントという言葉を使いました。
たとえばiTunesは音楽をアンビエントにしました。それまでは音楽を聴こうと思うと、CDプレーヤーに音楽CDをセットしたり、あるいは外に持ち出そうと思うとカセットテープやMDにコピーしたりと面倒な手間が必要でした。ところがiTunesによってそうした手間のほとんどは消滅し、いつでもどこでもどんな場面でも、自分が音楽を聴きたいと思った瞬間に手元のデバイスから魔法のように楽曲をひきだすことができるようになりました。これがアンビエント化です。
アンビエント化は、「使い勝手が良くなった」「利便性が高まった」という機器の進化だけにとどまる話ではありません。iTunesによってすべての曲がリアルタイムで入手できるようになった結果、「この曲はどのジャンルなのか」「この曲は古いのか新しいのか」というような区別は意味を失いました。
アンビエント化はすべてのコンテンツをフラットに並べ換え、ありとあらゆるコンテンツが日々つぎつぎと蓄積されていき、文化の教養やウンチクというような従来の知識だけでなく、ひとつのコンテンツが他のコンテンツとどう関係していて、そのコンテンツはどのコンテンツから生まれてきたのかといった知識や感覚までもが共有されて、大きな共有空間を生み出していくことになるのです。
さてグローバル市場において、ウェブやYouTubeやiTunesやUstreamといったありとあらゆるソーシャルメディアが国境を越えて接続されていくということは、そこで生まれる文化的な共有空間も国境を越えて浸透していくということになります。
言語の壁はもちろんあります。だから書籍のようなテキスト中心のコンテンツは、国境を越えたアンビエント化は難しいでしょう。でもいくつかの迂回路は、用意されつつあります。
たとえば前々回、教育のテーマの時も取り上げたTED(テクノロジ・エンタテインメント・デザイン)は、素晴らしい講演者たちのスピーチをたくさん実施してその内容を無料でインターネット配信していますが、その中でオープン翻訳プロジェクトという名称で、ボランティアを募って各国への字幕翻訳を行っています。すでに日本語だけでも400近い動画に字幕が付けられていて、英語の苦手な日本人でもTEDのコンテンツを楽しめるようになっています。
また日本語の出版コンテンツでも、マンガは文字数が少ないことから翻訳が普通の書籍ほどには手間がかからず、海外に輸出しやすいコンテンツであり、電子書籍の時代になってもビッグビジネスとして注目され続けています。言語の壁は大きなハードルではありますが、しかし必ずしも絶対的な壁ではありません。
このようにコンテンツがアンビエント化し、国境を越えて浸透していく世界。しかしその一方で、そうしたアンビエント化の動きとはまるで矛盾するようにして、普遍主義の崩壊が言われ続けています。